| Perfil de raizo届きますように! 暴力的に激励系!! 癒しのそ...BlogListas | Ajuda |
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30 de março 大事なこと。何か一つを信じる事。
誰でもいい、自分以外の人を大事に想える事。
ただまっしぐらに。
まっしぐらに。
人にとやかく言われても、自分を信じて突き進め!
間違っている事に気付くまでは。。。。。。
自分以外を信じなさい。
だけれど、
自分の可能性は信じておくべきです。
何か一つを見付けたら
ただ真っ直ぐに!
真っ直ぐに!
27 de março 本当は読み方が分からない。。。。。俺、 『W.C』 の読み方を知らない。
『トイレ』 って読んでいるのが事実です。
そこで、考えた。
ウェル カム?
『ようこそ!』
って事で。。。。。
26 de março 過大評価と過少評価。。。。誰かの事を、過大評価する事は、悪い事ではない。
だけれど、自分自身の事を、過大に評価するのは良い事ではない。
誰かの事を、過少評価する事は、馬鹿を見る羽目にもなる。
だけれど、自分の事を過少評価する事は、馬鹿を見る羽目には合わない。
己の事を過少評価するからこそ、人は努力が出来るのであり、勉学に励めるのである。
己の事を過少評価する事と、自分に自信が持てないのとは、意味が根本的に違ってくる。
『自分なんてまだまだですよ。』
『自分はこれが精一杯です。』
この2つの言葉が、上記の説明になるでしょう。
二者とも、現状は同じでしょう。
前者は 『過少評価』
後者は 『逃げ』
相手を過大に評価できる事は、実は心の豊かさに関係します。
誰かから過大評価をされたとしても、『まだまだです』 と、ペースを狂わさない事こそ望ましいのです。
自分自身を過少評価できるからこそ、『まだまだです』 と、努力を惜しまず頑張れるものなのです。
『まだまだ!』
何かを感じて欲しいです。
17 de março 人間対 PC想いを相手に伝える為に、沢山の言葉を並び替えたり、付け足していったりして伝えてる。
伝えている最中に、『矛盾がある』 そう気付きながらも、伝えようと努力する。
胸にある想いなんて、『これっぽっち』 なのだけれど、
それを伝えたいと思えば思うほど、説明が宇宙のように広がっていく。
相手からしても、『矛盾してない?』 って言われるかも知れないけれど、その矛盾さえも必要になってくる。
胸にある想いなど、『これっぽっち』 のモノ。。。。。
だけれど、それを伝えようとすれば、宇宙のような広がりを見せる。。。。。
詰まりは、言葉なんてそんなモノでしかない。
だけれど、人は、『そんなもの』 に傷付いたり、励まされたりしている。
言葉足らずで相手を傷つけてしまう事もあるけれど、
どんなに上手く、相手に伝える事が出来たとしても、きっと言葉足らずに違いない。
相手の考えをコピーして、貼り付ける事なんて出来はしない。
PCには出来ても、人には出来ない。。。
だけれど、相手の気持ちを感じ取り、解釈する事は出来るのだ。
人には出来ても、PCには出来ない。。。
人間が、不完全であるからこそ、できる事なんだろうな。。。。。
15 de março 届きますように!!『届きますように!!』
私の想いが届きますように!
空に放たれた風船のように、真っ直ぐに、真っ直ぐに、フワリフワリと登っていくように。
白い翼を持つ、力強く羽ばたく鳥のように。
私の想いが、どうかあなたに届きますように。
私の想いが届きますように!
頼りなく飛んでいく、タンポポの綿帽子のように、間違いなく、新しい命の新天地残すように。
私の心は風。
私の心は雨。
私の心は月。
私の心は太陽。
私の心は生まれ持つ、間違いのない優しさに包まれた。
私の想いは一つ。
それは、 勇気。
私の心が届きますように。
例え雨が降ろうとも、風が吹こうとも、 私の心はあなたの風。
私の心は、あなたの雨。
そう、
私は雨。
私は風。
私の伝えたい心。
それは、 勇気。
あなたの胸に、どうか届きますように!!
14 de março 感じてみるふと、『ヤキモチを妬こう』 と思い付き、そうしようと試みる。 だけれど、やろうと思って出来るものでは無い事に気付き、只今思索中。。。。 俺はこう見えても、超ヤキモチ屋さんだった。 3分待ってくれれば、たちまち焼き上げてみせていたものでした。 自慢にはならないけれど、学生の頃は、自分の事を電線に例えていた。 察しの通り、電柱は女性。 次から次へと。。。。。 を繰り返していました。 きっと、相手をきちんと好きになれていなかったが原因だと思います。(今思えば。) だけれど、ヤキモチは凄かったです。 例えば、彼女に好きなアイドルが居たとして、その人のポスターが部屋に貼ってあるだけで、『ヤキモチ一丁上がり! へい!お待ち!!』でした。 アイドルならまだしも、当時俺もバンド活動をしていたのも手伝ってか、バンドのポスターを貼られた日には。。。。。 それはもう、酷い有様でした。。。。。 高校1年の3学期から、1個上の女性と付き合う事となり、その人はバンド好きで、あらゆるバンドのCDを持っていました。 元彼もバンドマンで、彼女の部屋に置いてあったギターは、実は元彼の物だったのです。 ご察しの通り、大発狂!! 大激怒!! 大フテ腐り!! 。。。。。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ この彼女とは、二十歳前までに掲げた、『半年以上は付き合わない』 ってモットーを早くも壊した人だったけれど、ヤキモチに次ぐヤキモチでお互いが一杯一杯だったと思います。
何が知りたいのか分からなくなるくらい、相手の事が知りたくて、知ろうとせず、疑っていました。 別れ話になっては、引っ付いて、それが刺激になり互いの体だけを求めてしまって。。。。あ~甘酸っぱい!(笑) その人と別れたのは、その人の進学を境にでした。 『新しい場所に、古いものは持って行かない』 って俺の中のモットーを押し付けたのです。 それから二年後に、震災で亡くなった、彼女に出会い少しずつだけれど、今まで見えてなかった物が見え隠れし出した。
相手に事を、『知ろう』と するのではなくて、『感じてしまう』 という事を。。。。。 疑うとは、自分自身の価値観や、都合に相手をはめ込むという事を。。。。。。 11 de março 題が思い付かないので。。。。遠くにあるから小さく見える。
大きく見えてきたのは、近付いた証拠。
これは見ているモノが人だとしても同じ事が言える。
では、見ているモノを人だとして、『見えるモノ』 ってなんだか分かるかな?
答えは、 『欠点』 です。
が、
これだけではありません。
欠点というものは、全てが全部、『悪い分部』 とは限らないのです。
『欠点』 と捉えるのは、見ている人であり、 見ている人と見られている人の価値観の相違の部分だとも言えるのです。
要するに、自分が持さない価値観との出会いは、違和感から始まり、納得していくものなのです。
だからこそ、人は学べるのです。
もしも、違和感さえ感じなければ、現状維持を続けるでしょうし、その方が労力が要らないので、楽なのです。
どんなに尊敬する相手であろうと、近付けば違和感を覚える事もあるでしょう。
だからこそ、尊敬していたのに『欠点』 を見出してしまうのです。
だけれど、近くに存在するという事は、その『欠点』を踏まえ、向かい合えるからこそ、その『欠点』 こそが、その相手の骨となり肉にもなるのです。
相手の欠点とは、見ている側との価値観のずれである場合があるのです。
道徳的に反している場合もありますが、自分自身に無い部分だとも言えるのです。
近付くにつれ大きくなるのは、『欠点』 だと書きましたが、
『自分に無い価値観』
という可能性も隠れているのです。
粗探しをしていては、見出せる答えなど知れたものです。
自分の価値観でのみ、相手を見るという事は、詰まらない事です。
おしまい
『命をいただく。』 という事。。。。人間や動物は、自らの命を維持する為に、周りの命を奪い、それを自らの命に補填している。
すなわち 『食する』 という事なのだ。
植物はどうか知らないけれど、私達が口を使って食べたモノ達には、子供が居たでしょう。
魚や牛、豚や鳥、 それらに記憶力というものがどの程度あるのか知らない。
感情というものが、どれほど備わっているかも分からない。
米や麦、野菜や果物だって同じ事。
分かる事は、命は絶たれているという事。
それさえも、キチンと把握していないだろう。
分かっていても、いちいち理解をしていないものだ。
『全て、同じ命』
そんな事を考えてしまうと、生きているのが辛くなるだろう。
だから、 『食する』 でいいのだ。
生態系の天辺に存在できるからこそ、『命』 に対して鈍感なのかも知れない。
何が伝えたかったのか。。。。。
それは、自分の命が邪魔であるかのような発言を繰り返し、
それでも尚、他の命を絶ち続ける馬鹿に理解して欲しいから。。。。
いたずらに自らの身体に傷を付け、それでも尚、薬を飲み続けてる馬鹿がこの世から居なくなることを願って。。。。。
日頃から行われて居る、命を奪うという行為。
それを漠然とでも理解をして欲しい。
俺の仕事俺はモノを造る仕事をしています。
俺が造った物が壊れれば、少なくとも人は潰れてしまうでしょう。
沢山のリスクがあるからこそ、楽しいのでしょう。
沢山のデメリットがあるからこそ、成功を喜べるのでしょう。
見返りは少なくても、自信と誇りを持てる仕事です。
俺が造った物だけでは、何も出来上がりませんが、
それが無ければ完成しない、パズルのワンピースです。
この国の、一つのピースとして存在できる事が嬉しいです。
09 de março 弦が張られていないギター。。。。弦さえ張られていいないギター。。。。。
フレッドの部分は、キレイに拭いても白くぼやけている。
ネックを見ると、どの弦の、どこをよく押さえているかが分かる。
アコースティックのホールの部分の傷は、俺の爪と、ピックの傷だ。
Cコードさえもおぼつかなかった俺だ。
それが今では、弦が無いのに、フレッドを押さえただけで音が想像できる。
どうして俺がギターを始めたのか。。。。。 そんなの覚えてない。
楽しかった日の事さえ覚えてない。。。。。
友よ。。。。。
俺もギターを見る事さえなくなって年月があった。
だけれど、ある日、ケースから出した日があったんだ。
今だって、2ヶ月ほど部屋の飾りになってる。
別に意識した所で、無視した所で、いつの日にか無意識に触りだす日が来るだろう。
漠然とした毎日に、悶々とした気持ちがはびこる。
漠然とした日々の中、悶々とした胸中で、薄っすらと何かが見えてくる。
それが自分の歴史になり、夢になり、希望になり、挫折になり、喜びにも変わる。
追いかけたって追いつくものでもない。
だって、 追いかけたいモノなんて、形が定まっているわけじゃないのだから。。。。。。。
いつか友よ
会える日の約束をしよう。
いつか友よ
会える日の約束を語り合おう。
いつか友よ
語り合おう。
いつか友よ
俺の肩を貸そう。
いつか友よ
夢を語ってくれ。
いつか友よ
何かを掴んでくれ。
いつか友よ
会える事を約束しろ。
05 de março じいちゃん、ばあちゃん子スイカの種を出さずに食べた。
『お腹から芽が生えるよ』 と言われ、スイカを食べなくなった。
たくあんが好きだった。
『そんなに食べたら、黄色くなるよ』 と言われ、たくあんも食べなくなった。
みかんばかり食べる娘に、
『そんなにみかん食べたら、手が黄色くなるよ』 と言った。
『アンパンマンも黄色じゃけぇ えんよ!』 と言い返し、みかんを食べ続ける娘。。。。。
大きくなれよ!
.。゚+.(´▽`)。+.゚+・゜ポワァァァン
おしまい 04 de março 理解不能。。。。。どうして、見えているものを見まいとするのに、見えないものを見ようとするのだろうか。
人の仕草や表情を、見ようとしていないのに、探ろうとするのだろうか。
どうすればいいのかも気付いているくせに、どうして違う方法を求めようとするのだろうか。
『こうすれば、いいのだろう』 そう思っているくせに、 『もっと楽な方法』 って考えている。
歩いて行った事があるから、自転車の方が楽だと気付けるのに。
自転車で行った事があるから、車の方が楽だって気付けるんだ。
初めから車を使うから、『楽』 って事に気付けないんだ。
人とのコミュニケーションもそう。
以前は携帯電話なんて、みんな持っていなかった。
メールなんて無かった。
だからこそ、携帯電話やメールの便利さを知ってるし、状況で使いこなしてる。
だけれどどうだい?
携帯電話に若い頃から触れてきた若者達。。。。。
相手の表情を読み取る事も出来ない。。。。
相手に読み取らせる、表情さえ持っていない。
表情無さを、絵文字に補ってもらってる。
どうして、見えるものを見ようとせず、見えないものを見ようとするの?
見えるものさえ理解しようとしないのに、見えないものが理解できると思えるの?
どうして、自分が気付いている答えを試そうとせず、人にあれこれ聞くの?
『楽』 って、何と比べるつもりなの?
俺には理解できないし、理解したいとも思えない。
キチンと話し合いたいなら、目の前にキチンと座って、目を見詰め合いながら話がしたい。
何かを伝えたいなら、俺の所までキチンとおいで!
03 de março 夜空から降ってくる。。。。。夜の空の下で、歌を歌ってみました。
君の大好きな歌です。
気付くと近くに人が歩いていました。
少し恥ずかしくなりました。
場所を変え、車の中に積んでいたギターをだし、
冷えた指先を擦り合わせ、指を温めました。
飲んでる途中の缶コーヒー。
防波堤に置いて、海に向かって歌いました。
君の大好きな歌。
歌詞があちこち分からなかったけれど、
繋ぎ繋ぎで歌いました。
気付くと近くに数人が、俺に並んで座ってました。
俺のギターに合わせ、歌を歌っていました。
君の大好きな歌。
何処かの知らない人が、俺と並んで歌ってた。
深夜2時の出来事で、
夜明け前まで続いてた。
君の大好きな歌。
星が消え
影だけ残し
俺にしか見えない君も
やがて人気と共に消えていった。
01 de março 嫌悪感。。。。吐き気がする。
凄く気分が悪くなる。
吐き気がする。
鳥肌が立つほど、悪寒が走る。
吐き気がする。
ならどうして、俺はここから離れないのか。
吐き気がする。
消えてしまいたいのではなく
消してしまいたいのだ。
吐き気がするから。。。。。
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